三式戦闘機 飛燕 一型 甲 は日本でここだけ!実物大レプリカに搭乗できるドレミコレクションミュージアム

どうも!職人ライダーのヒロです。
今回は三式戦闘機「飛燕」の実物大レプリカを展示している
ドレミコレクションミュージアムさんへお邪魔してきました!
ドレミコレクションミュージアムさんは完全予約制のミュージアムで
土日祝のみの営業。
1日2部制の完全入れ替えシステムで運営されています。
来館の際は電話かwebページより予約が必要です。
忠実に再現された迫力ある飛燕の実物大レプリカをまじかで鑑賞でき
チケットによってはコックピットに搭乗することも可能!
しかもレプリカだけにとどまらず
オークションで落札した本物の飛燕もあり
館長の解説付きで鑑賞できる
とてもお得なミュージアムなのです!
2025年は戦後80年の節目となります。
戦争経験者の方々もご高齢になり少なくなてきた今だからこそ
平和への思いを考えなおす機会として
ドレミコレクションミュージアムを訪れてみてはいかがでしょう。
目次
三式戦闘機「飛燕」とは
第二次世界大戦末期に川崎航空機が開発した
旧大日本帝国陸軍の戦闘機。
設計主務者は土井武夫氏、副主任は大和田信氏が担当。
昭和15年(1940年)旧日本陸軍より
重戦闘機キ60、軽戦闘機キ61の開発を命じられ制作した機体です。
キ61がのちに 飛燕 と命名される。
空冷星形エンジンが主流だった当時の国内戦闘機に対し
唯一液冷エンジンを搭載した機体としても有名で
ドイツのダイムラー・ベンツ社が開発した『DB601』エンジンを国産化!
ライセンス生産して『ハ40』エンジンとして搭載していました。
DB601は倒立型V12水冷エンジンで出力は1,100hp馬力。
ドイツ空軍の主力戦闘機 “メッサーシュミット(Bf109)” にも搭載されていたエンジンです。
エンジンの大きさも空冷エンジンに比べて液冷エンジンは小サイズ
そのため小スペース化することができ
空気抵抗の少ないスリムな機首と胴体にしあげることができました。
最高時速はこれまでの戦闘機が時速510キロ~530キロだったのに対し
昭和16年(1941年)に初飛行したキ61(飛燕)は時速590キロを達成し
一万メートルの上空まであがることができたと言われています。
スリムな機体と細長い主翼が特徴的で旋回性能にもすぐれており
メッサーシュミット(Bf109)と同じエンジン
スリムな機体形状をもつことから
“和製メッサー” ともよばれていたんだとか。
B29爆撃機の迎撃をも成し遂げるほど
すぐれた性能をもつ機体でした。
しかしいいことばかりではなく
当時の日本としてはまだまだ工業技術が乏しく、
材料となる資源調達もむずかしい状態でした。
液冷エンジンの生産だけでも大変だしメンテも不慣れなため
油漏れをはじめとする故障が非常におおい機体でした。
けっきょく終戦までその性能を十分発揮することはなかったようです。
技術者泣かせの機体だったんですね。
そんな不調つづきだったハ40エンジンに見切りをつけた川崎航空機は
性能向上型エンジンの『ハ140』エンジンを開発!
これを搭載した 三式戦闘機 飛燕 二型 に生産を切りかえていました。
しかしハ140は技術的な問題が発生していて生産が進まず
なかなか認可が降りなくて
胴体部分だけが完成してエンジンを取り付けてない
首のない飛燕の機体だけが工場中にあふれかえ
工場内に収まらず現在の国道21号線沿いに300機ちかく立ち並ぶという
異常な現象におちいることもあったんだとか。
これを解決すべく
技術的にも安定した空冷エンジン『ハ112』を搭載!
五式戦闘機として生産したのが最後だということです。
パプアニューギニアから約74年の時をこえて帰還!日本に現存するのはこの一機のみ

パプアニューギニアで発見された三式戦闘機「飛燕」の機体
飛燕 一型 甲 と呼ばれるもので、最初期に生産された大変貴重なもの。
世界的にも4機くらいしか残っておらず
日本に現存するのはこの一機のみです。

この飛燕に搭乗していたのは
第68戦隊に所属していた垂井光義という方。
岡山県出身の人で3回の不時着から生還するなど
不死のエースパイロットと呼ばれるほどの経歴をもつ人だったようです。

この機体は撃墜された訳ではなく、故障で不時着したと推測されています。
長い間パプアニューギニアのジャングルで朽ち果てていたものを
オーストラリアのコレクターの方が所有され
その方がヤフーオークションで機体を出品。
(株)ドレミコレクション社長 武浩氏が落札されたことで
約74年ぶりの時をこえて日本に帰還することにまりました。
落札当時2017年のことです。

はじめは本物の飛燕の機体を復元することを考えたそうですが
最初期型の希少なものであることと
そのままの飛燕を残した方が当時を知るうえでの貴重な遺産になるということで
落札した飛燕の機体はそのままの状態でのこすことにし
約5年かけて飛燕の実物大レプリカを作成されました。

実機を元にして作成されたレプリカですがエンジンは搭載されておらず
実際に飛ぶことはできません。
飛べなくても当時の飛燕一型甲をキレイな形で鑑賞でき
コックピットにも搭乗できるのはドレミコレクションミュージアムだけ!
しかもすべてレプリカではなく
コックピット内の操縦桿や計器類は本物がついています。
戦争はダメなんだけれど、約80年前にこういう物があって飛んでいたんだということ
戦争を知らない若い人達に当時を知る資料として貴重なものだと思いました。
パプアニューギニアのジャングルで放置されていたら朽ち果てていくのみ
この先100年後の未来、またその先まで保存するには
やはり原産国である日本に持ち帰るのが一番!
落札していただいた武社長
飛燕一型甲のレプリカをこんなに精密に作っていただいた武社長には
ホント感謝しかありません。
これぞ三式戦闘機 飛燕!忠実に再現された実物大レプリカ
ドレミコレクションミュージアムに来館したのは
2025年の12月のこと。
第一部、朝10:00からのチケットを予約していたので
その時間にあわせてバイクを走らせました。
幹線道路である国道2号線から生活道路の細い小道にはいる
ここからちょっと道がややこしくて
Googleさんのナビだよりにミュージアムへ向かいました。

ミュージアムは生活道路の小道から小高い丘の上にあり
その下に砂利をしきつめた駐車場がありました。

オンロードバイクでこの上にあがるのは怖い
しかも斜めになってるからぜったいコケル…
そんなことを考えながら道でとまっていると上のほうからスタッフの方が
「こっち!こっち~っ!」
って感じで手招きしてくれたので、
いっきに坂をかけのぼり建屋前まで!

バイクの駐輪所はアスファルトで舗装された建屋の前にあったので
ホっとしました。
さすがバイクの部品メーカー!
砂利がにがてなバイクの駐輪所をちゃんと考えてくれているのが嬉しい。
自動車の修理工場みたいなミュージアムの建屋ですね。
この中に飛燕がっ!
親切丁寧なスタッフの方が挨拶にきてくれ
パンフレットをもらい時間まで待つことに。
本日バイクは私だけで私をふくめて10人もいなかったと思います。
定刻どおり10:00に観覧開始!
まずはドレミコレクション社長兼、館長のごあいさつから
館長を前にしてミュージアム建屋前に集合!
なんだか会社の朝礼みたいで面白いw
館長からごあいさつ兼、観覧の際の注意事項などの説明がありました
観覧前によく聞いておきましょう。
ちなみに武館長は飛燕のミュージアムで生計をたてられている訳ではなく
本業は倉敷市の方で
Kawasakiバイクをはじめとするバイクの部品メーカー

“ドレミコレクション”の社長をされています!
ミュージアムはほぼボランティアでされているとのことです。
それではいよいよ扉オープン!
「よろしければ動画撮影どうぞ!」
といわれたので皆さん一斉に撮影開始!
興奮する一瞬!
ミュージアム建屋の重厚なとびらがあき
プロベラをまわした飛燕が姿をあらわしました!

今まで見たことがないようなスマートなラインの戦闘機
ジェラルミンでおおわれた機体が美しい
これが日本の戦闘機だとは想像できないキレイな飛行機でした。

私はあまり戦闘機に詳しくなく
太平洋戦争で活躍した戦闘機といえばこんな形の物しか知らなかった⇩

soraかさいの紫電改
こちらは“soraかさい”の「紫電改」
空冷星形エンジンなので機首が大きく
飛燕とはタイプが全然ちがいます。
これが空冷エンジンと液冷エンジンのちがいというものですね!
教えてもらうまで飛燕のようなスマートな戦闘機があったこと自体知りませんでした。
本日の第一部(午前の部)は全員で10人程度
その中で実際 飛燕のコックピットに搭乗できるチケット買った方は2人いて
召集令状(赤紙)をモデルにした札を首からさげていました。
飛燕のコックピットに搭乗するためのチケットは入場券だけのものより
かなり値段も跳ね上がるのでお土産ももらえるようです。
- 入場券+お土産付き搭乗券:14,300円
- 入場券+リピーター搭乗券:9,000円
- 入場券+Tシャツ付き:3,300円
- 入場券:1,100円
私は入場券のみだったんだけど
搭乗券にしておけばよかったな~とあとから思いました。
ミュージアムのwebページを見ると
搭乗時間は一人10分程度となってますが
空いている日はこの限りではないです。

色々写真を撮ってもらったり、かなり待遇の良いサービスを受けられていました。
人数が多い日だったらこうはいきませんけどね。

序盤は館長の解説つき館内閲覧ツアーみたいな感じでみんなでまわっていきます。
館長の説明がうまいのと声のトーンがすごく聞きやすいので
飛燕のことを知らずに来てもめっちゃ楽しめると思います!

今日はたまたま飛燕のエンジンを作っていたといわれる
100歳のおじいちゃんが来られていました。
館長いわく当時 飛燕に携われた方々
現在はかなり高齢になられた方々が飛燕を見にこられて
帰るころにはすごく元気になって帰られるんだとか。
それも来るときは杖をついてきたのに
帰るときは杖なんかいらん!ってくらいにw
戦争というかたちではあるんだけれども
その方々にとって過ごした青春時代が
まさにこの飛燕とともにある。
当時のことを思いだし
その頃の気持ちがよみがえり若きあの日にもどる一瞬の時間旅行
そんな気持ちになっているのかなと感じました。

飛んでいきそう~
こちらが飛燕の初期型、キ61一型甲に搭載されていた
ハ40エンジン

ツインプラグの12気筒エンジンでスーパーチャージャーつき
1,175馬力を発生したんだとか!
このエンジンちょっと変わった構造になっていて
普通のエンジンはシリンダーが上にあってクランクが下になる構造の物が多いんだけど
これはV型のものを逆さまにした構造になっている。
つまりシリンダーが下でクランクが上になるいうこと。

これには意味があって
V型で面積がおおきくなるシリンダー側を下にすることによって
パイロットの視界性を確保!
重心も下げることができるので安定度も増す構造になっているそうな。
とうぜん下にオイルパンを設けられないので
潤滑方式はドライサンプを採用しています。
エンジンの下にオイルパンを設けず
別のタンクを設けてそこからオイルを循環させる方式。
技術的にそれが難しいのかどうが私にはわかりませんが
変わった構造なので興味をひかれる一面でした。
正確にいうと、
私に飛燕を教えてくれた方が気にしておられたので
自分も気になったというのが興味をもった理由です。
他にも当時を象徴する貴重な資料や遺品などの展示。


飛燕以外のものも展示されていました。
2階へあがるとレースで功績を収めたであろう
Kawasakiの名車たちがずらり展示されています。

クラシカルな感じでかっこいいですね。
元Kawasakiワークスライダー
和田将宏氏の功績を称えたコーナーも設けられていました。

こちらの方が興味のある方も多いのではないでしょうか。
終盤にちかづくと飛燕のレプリカをミュージアム建屋から外にだすイベントがあります!
「整備兵ごっこ」という感じで手伝わせてもらえるので
飛燕にふれられるチャンス!
これがやりたいがために来られる方もいるくらいで
なかには日本軍の整備兵の恰好をしてくる強者までいるんだとか!

なんだか参加型イベントみたいでめっちゃ楽しい~w
ぜひ参加しておきましょう!
これは貴重!
外にだした飛燕と自分の愛車をならべて記念撮影をさせてもらえます。
こちらもスタッフの方が気をつかって
「よかったらどうぞ~」って声かけてくれるので
引っ込み思案な自分でもめっちゃ楽しめました!
相棒のCBRと飛燕のコラボ写真を撮るっていうのが
来る前からしたかったので
普通にできてうれしかったです。

今日はお客さん少なかったので
自分のペースで記念撮影させてもらえました。
「よかったらどうぞ一緒に~」っていってもらったので
シャッター押してもらいました!

感無量です!
飛燕のことをよく知らずに来た私ですが
スタッフの方々の気遣いもあり
そんな自分でも十二分に楽しめるドレミコレクションミュージアムでした。
映画「HIEN」飛燕が映画化します

復元された機体をもとにして飛燕が映画化されます!
戦後80年という時をこえ、飛燕にまつわる3人の男たちを題材にした群像劇になっており
飛燕の設計主務者である土井武夫氏
飛燕のエースパイロットだった垂井光義氏
80年という時を超えてヤフーオークションで出品されれていた飛燕を落札
日本に持ち帰り凡そ5年という歳月をかけて実物大レプリカを作った
ドレミコレクション社長の武浩氏
戦争の悲劇的な映画ではなく
復元された機体をもとに、戦時中から現在へとつながるストーリーから
平和という観点を通して
ものづくりの情熱を現在につたえる映画になっています。
メガホンは映画監督である末次成人氏
岡山県備前市で撮影された映画「ハルカの陶」の監督も務めた方です。
まさにこちらの飛燕が題材となった映画
映画「HIEN」の公開は2026年末とのこと。
ドレミコレクションミュージアム 基本情報
最後に
2025年は戦後80の節目をむかえる年です。
戦争経験者の方々も高齢者の方がおおくなりました。
当時をリアルで知る人もこの先どんどん少なくなっていきます。
繰り返してはいけない戦争、平和へのおもいを
今一度みつめなおすきっかけとして
当時を知ることができる資料にふれることは
とても大切なことだと思います。
「飛燕かっこいい~」とか
「戦闘機が好きだ~!」とか
「軍服マニアだから」とか
そんな切り口から入るで全然いいと思います。
これから先100年後、200年後の後世に伝えるすべとして
当時どんなことがあったかを知るすべとして
ドレミコレクションミュージアムを訪れてみてはいかがでしょう。
今回は以上です。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
本記事を作成にあたり下記サイトを参考にさせて頂きました。
参考書籍
- 碇義朗【著】「戦闘機「飛燕」技術開発の戦い」
情報提供者
- Mさん

